金融の機能回復と資本注入 ~信用収縮を食い止めて成長回復を~

第一生命ウェブサイト広報部ニュースリリース掲載

<要点>

  • 企業規模別に産業向けの貸出残高の推移をみると、大企業向けが大きく伸びているのに対し、中小企業向けの貸出は対照的に減少していることが分か る。この背景には、銀行の過度の安全性志向がある。銀行は、不良債権や株式の含み損を考慮し、潜在的な自己資本の毀損を認識した上で貸出の圧縮を行ってい ると考えられる。
  • 銀行の有価証券の含み損が大きい状況では、資本注入が行われない場合、不良債権の処理にはある程度自己資本の部分を使わざるを得ないと考えられ る。その場合、レバレッジ効果のため貸出残高は大きく減少する。自己資本の毀損度合いによるが最悪のケースでは、約30~40兆円程度貸出残高が減少する 可能性がある。
  • 実質設備投資は、大幅な減少を示しているが、中小企業の落ち込みが大きく影響している。銀行の貸し渋りが緩和すれば年率換算約5兆円の設備投資圧縮圧力が解消し、GDPの約1%の押し上げ要因になりうる。
  • 資本注入の額は、最低でも、不良債権の処理のため必要とされる6.8兆円プラス有価証券含み損2.7兆円=9.5兆円を上回ることが必要である。銀行が過度に安全性を追求することの無い金額を用意するという意味では、20兆円規模の資本注入が望ましい。
  • 信用創造のメカニズムが麻痺している以上、現在は、自律的な景気の回復機能が失われている。信用収縮が解消せず、景気回復を図ることができない場 合、年金制度の崩壊なども含めた膨大なコストを将来世代に支払わせることになる。それに比べて、現在の資本注入にかかる数十兆円というコストは一見大きい ように見えるが、実は非常に小さい。資本注入と財政政策のパッケージにより、早急に潜在成長経路への回復を目指すべきである。

金融の機能回復と資本注入~信用収縮を食い止めて成長回復を~

金融機能早期健全化法の施行により、公的資金による銀行の資本増強の道が開かれた。公的資金導入に関する議論が高まって約1年後の決定である。この 間、金融システム安定化策によって資本注入と破綻処理に関わる枠組みは整備されたが、実効性のある運用が行われたとは言い難い。98年3月の資本注入に際 しては、査定に問題があった可能性があるばかりではなく、金額も各行に対して1000億円程度とほとんど効果がなかったと言える。

貸し渋りは、収まるどころかその後勢いを増している。それだけに、今回予想される資本注入に対してはその運用面に注目が集まっている。資本注入は、 銀行の自己申請の形になっているが、銀行によっては当初、申請する必要は無いとの立場を取っていた。ここにきて、一斉注入の流れが固まりつつあるが、十分 な額の資本注入が行われるかは予断を許さない。

貸出圧縮の標的となる中小企業

まず、最初に貸し渋り、資金回収の動きを確認しておこう(資料1~3)。産業向けの貸出残高の推移をみると、98年6月時点の残高はマイナスにこそ なってはいるが、マイナス幅自体は過去と比べてそれほど大きくない(なお、日銀の貸出資金吸収動向の5業態貸出平残は前年比2%台のマイナスが続いている が、これには海外へのインパクトローンを含んでいるため、アジア通貨危機の影響等から海外向けの貸出が大きく減少していることが影響していると考えられ る)。銀行のバランスシート上で貸出残高はそれほど減少していないことになる。

産業向け貸出残高(前年比)

産業向け貸出残高~運転資金~(前年比)

産業向け貸出残高~設備投資資金~(前年比)

しかし、企業規模別に産業向けの貸出残高の推移をみてみると、大企業向けが6月時点で大きく伸びているのに対し、中小企業向けの貸出は対照的に減少 していることが分かる。特に、運転資金をみてみると、中小企業向けが大きくマイナスが続く一方で、大企業向けの運転資金が大幅に増加している。これは、信 用力が高い大企業は手元流動性を高めるために運転資金を増やすことができるのに対して、中小企業は運転資金を増やすことが難しい現状を表していると言え る。さらに、大企業向けの貸出は全体では増加しているが、それが設備投資という前向きな資金となっていないことが窺われる。

中小企業に対する貸出圧縮や大企業に対する運転資金の供与には、どのような背景があるだろうか。最も大きな要因は、銀行の極端な安全性志向と見るこ とができる。98年4月の早期是正措置の導入を睨んで、銀行はより安全性を追求する行動をとってきた。資産に占める貸出の比率を下げる一方で、国債や現金 性の資産を多くしているのである(資料4,5)。

日本銀行の資産に占める国債のウェイト

また、貸出の中でもより安全性を追求する動きが、大企業に対する貸出増加と中小企業に対する貸し渋りという形で現れている。中小企業は、大企業と比 べて客観的に見て安全性が劣る。例えば、今回の不況局面において負債キャッシュフロー比率は企業規模での格差が開いている(資料6)。

銀行を含め企業経営においては、常に収益性と安全性のバランスが重要なテーマとなるが、現在の銀行は、極端に安全性の追求に振り子を振らざるを得な い状況にあると言って良い。右肩上がりの成長を前提に土地などの担保に依存し、リスクに関する意識が高くなかった反動と考えることもできる。その安全性の 重要な尺度として自己資本比率が使われるとすれば、自己資本比率と貸し渋りの間に大きな因果関係が存在していると考えられる。

一方で、「自己資本比率の達成を考えて銀行が貸し渋りを行っているわけではない」との主張も聞かれる。貸し渋りは、グローバル・スタンダードにおけ る正常な貸出行動への回帰の動きであるという主張である。しかし、この動きはバブル崩壊と共に行われていたはずであり、ここ1、2年の変化の理由とはなり にくい。将来の自己資本比率に不安を覚える銀行が貸出を圧縮した場合、この行動は安全性の確保以外の何物でもない。そもそも、日本の直接金融の制度が未発 達な状況のまま、間接金融の役割を欧米水準並みに是正するという議論には無理がある。

中小企業向けの貸出が急速に萎んだのは、昨年末以降であり、早期是正措置の導入と貸出比率低下のタイミングは附合する。銀行は、不良債権や株式の含 み損を考慮し、潜在的な自己資本の毀損を認識した上で貸出の圧縮を行っている可能性が高い。各々の主体が最適と思われる行動をとった結果、全体のパイが縮 小し、結局各々の主体にとって不利益になる場合を「合成の誤謬」と呼ぶが、まさにそういった状態にあると言える。

負債キャシュフロー比率

貸出圧縮の規模は最大で30~40兆円

それでは、今後どの程度の貸出圧縮の可能性があるのだろうか。

銀行が抱える不良債権のうち、既に第3、第4分類が引き当て済みだとしても、実体経済が悪化している状況を勘案すると第2分類のうち一部が不良債権 化するのは免れない。仮に、98年3月時点の第2分類のうち15%を処理すると仮定した場合大手19行では、6.8兆円の損失見込みになる(資料7)。大 手行の業務純益に換算すると約2年分に相当する。しかし、銀行は、従来のように業務純益でカバーできる部分を処理する状況ではない。経済環境が悪化し、生 き残り競争が激しくなるなかで、できる限り前倒しで処理する行動を起こす可能性が高い。

さらに、最近の株価下落により、銀行には多大な有価証券含み損が発生した。日本長期信用銀行を除く大手18行の9月末時点の有価証券含み損は2兆7 千億円に達している(一部行については推計、日経新聞10月24日)。銀行がこれまで業務純益以上の不良債権処理が可能であったのは、有価証券や土地の含 み益を使ってきた部分が大きい。現在こうしたバッファーに依存することはもはや不可能になっている。

有価証券含み損は原価法で決算処理する限り損失は生じない。さらに、税効果会計や土地の含み益が存在するため、決算上はこの損失分が直接自己資本の 毀損となるわけではない。しかし、有価証券の含み損を考慮すれば大きく自己資本を毀損しているのが実状と言える。日本長期信用銀行が、最終的には有価証券 含み損の大きさ故に債務超過と認定された例でもわかるように、有価証券含み損という潜在的な損失の存在が銀行行動を大きく左右しているのが現実である。し たがって、バッファー部分がなくなった多くの銀行は自己資本部分を使ってでも不良債権を処理する動きを起こすであろう。

しかも、自己資本の一部として株式の含み益を45%繰り入れることができるため、足元の株価下落は自己資本比率を大きく押し下げていると考えられ る。銀行が現在の自己資本比率を保とうとする場合、レバレッジ効果のため貸出残高は大きく減少する。有価証券の含み損を考えると、銀行が最も前倒しで不良 債権を処理した場合、損失見込み額6.8兆円から業務純益でカバーできない分(9年度の業務純益は3.6兆円)である3兆円以上を、自己資本を使って処理 することも考えられる。極端なケースであるが、仮に3兆円の損失が自己資本の毀損で処理された場合、約30~40兆円程度貸出残高が減少する可能性がある (資料8)。もちろん、自己資本毀損額は各行の損失見込み額や不良債権処理に対する態度によって大きく異なる。また、有価証券を原価法で処理し、税効果会 計などの決算処理を行うことができれば、自己資本の毀損を少なくすることができる。ただ、日銀の速水総裁の「(大手行のすべてがかなりの資本不足かとの質 問に対し)一般的にそういってもよい。」(10月15日の定例会見)との発言からも、自己資本の毀損が全くないという方が不自然であろう。

なお、報道によれば大手行は99年3月までに貸出金残高を3-5%減少させ、約10兆円の貸出資産の圧縮を行うとのことである(日経新聞10月2日)。

大手銀行のの問題債権

現在の自己資本比率を保つ場合の貸出金減少額

貸し渋りにより失われたGDPは少なくとも1%以上

中小企業に対する貸出の抑制は、景気に大きな悪影響を与えている。中小企業に対する資金回収が強化された98年1-3月以降、中小企業の設備投資は 大きな落ち込みを見せている(資料9)。中小企業に対する資金回収が続けば、この設備投資抑制圧力は継続することになろう。過去の景気回復が中小企業の設 備投資によってリードされていたことを考えると、現在の銀行行動は、景気回復の芽を摘んでいることを意味する。

1-3月及び4-6月の実質設備投資は、大幅な減少を示しているが、中小企業の落ち込みが大きく影響していたのである。法人企業統計季報ベースで は、中小企業の設備投資は1-6月で年率換算約3.6兆円減少している。また、設備投資関数によって、この時期の設備投資を推計すると、推計値と実績値の 間に大きな乖離が見られる。過去の推計誤差を大きく上回る乖離であり、何らかの特殊要因が働いていたと判断できる。この特殊要因を銀行の貸し渋り要因と仮 定すると、この期間に年率換算約5兆円(法人企業統計ベース)の設備投資圧縮圧力が働いたと考えることができる。銀行の資金回収強化の動きによって、 GDPの約1%の押し下げ要因になっているのである(資料10)。

銀行がリスク回避的な行動をとる以上、企業もリスク回避的な行動をとらざるをえない。企業は先行きが見通せない中で、設備投資を抑制し、リストラを しながら耐えるだけという状況である。企業にとっての雇用過剰感が高まっており、新規求人は減少の一途、失業率も4.3%にまで高まっている。企業は現状 程度のリストラで十分だと考えているわけではなかろう。当社の試算によれば、98年3月時点で430万人程度の過剰雇用者が存在し(資料11)、雇用削減 の圧力は今後も継続する可能性が高い。このような動きを消費者も敏感に感じ取っており、将来の雇用に不安を感じる人が急激に増加している。リストラによる 失業者の増加と、賃金カットによる雇用者所得の減少、消費マインドの極端な悪化が消費を落ち込ませている。人々は消費を抑制して、将来の不安を少しでも和 らげようと貯蓄を行っているのである。

97年11月に金融不安が表面化する前の7ヶ月とその後の9ヶ月を比べると、消費性向は平均して1.8%ポイント低下している(資料12)。この消 費性向の低下により、実質個人消費は6兆円程度押し下げられている。もちろん、雇用・所得不安が金融問題のみによって引き起こされたわけではないが、設備 投資に与えた影響を含めれば、貸し渋りの影響でGDPが2%近く押し下げられている可能性も考えられる。

設備投資新設額

資本ストック調整モデルによる設備投資額推計

過剰雇用者数の推計

消費性向の推移

資本注入と財政政策のパッケージで潜在成長経路への回帰を

このように、銀行における過度の健全性追求が経済の各部門に大きな影響を与えているため、資本注入が求められているのである。銀行の自己資本を充実 させることで、負の信用創造である貸し渋りを止めなければならない。すでに、早期健全化法案が成立し一応の枠組みはできた。現在問題になっているのが、銀 行の申請に基づいて行われるとされる資本注入が十分な規模で行われるか否かである。最低でも、不良債権の処理のため必要とされる6.8兆円プラス株式含み 損2.7兆円=9.5兆円を上回ることが必要と考えられる。銀行が過度に安全性を追求することの無い金額を用意するという意味では、20兆円規模の資本注 入が望ましい。これにより、大手行の自己資本比率は優に13%を超える水準まで高まる。また、国際業務から撤退し4%基準を満たせばよい銀行が増えれば、 その効果は増大する。

自己資本比率は、高ければ高いほど良いというものではない。過度に安全性を追求する結果、得られる利益を失う可能性が出てくるからである。資本注入 後も貸し渋り、資金回収を続ける銀行は将来の収益基盤と信用を失うであろう。安全性が確保されれば、社会からの批判を受けながら資金回収を続ける必要は無 くなる。その後、景気が上向けば、現在収益があがっていない企業の中にも優良な貸出先となる企業も出てくる。銀行は、収益性を求めて積極的に貸出を行うで あろう。

もちろん、資本注入を行ったからといって、すぐさま金融システム問題が解決し、景気が上向くわけではない。将来不良債権化する可能性が高い貸出は、 収益性の観点からも許容できないからである。しかし、その事が資本注入の無効性を示すわけではない。銀行が積極的に貸し出しを伸ばすことは考えにくいが、 自己資本の充実により、極端な資金回収には歯止めがかかる。短期的には、銀行の資金回収強化による「貸し渋り→企業活動の低迷→景気悪化→不良債権の増加 →さらなる貸し渋り」といった負の連鎖がくいとめられる効果を軽視すべきではない。追加的に資金回収が行われれば、前述した設備投資減少による経済押し下 げ効果は継続する。十分な資本注入はこの動きを徐々に緩和するため、設備投資の大幅な落込み分であるGDP1%相当分を押し上げる効果を持つと考えられ る。

しかし、資本注入を行っただけでは、負の連鎖をくいとめる効果しか期待できない。積極的に貸出を増やし、景気を押し上げる効果は期待しにくい。その ため、金融システム問題の解決のためには景気の回復が不可欠である。諸外国の金融システムの安定化を見ても景気の回復が後押ししている事は明らかである。

負の連鎖を打ち切るために公的資金の導入を行い、同時に大型の景気対策により景気を浮揚させることで、初めて金融システム問題の解決と景気の安定的 な回復が期待できるのである。どちらが欠けてもうまくいかない。景気対策だけでは、信用収縮圧力に飲み込まれるだけであり、資本注入だけでは有望な貸出先 など見つからない。景気対策だけを行い、金融問題を放置した例は、95年の日本の例でわかる(資料13)。財政政策により、GDP成長率こそ一時的に持ち 上げることはできたが、金融機能が回復しなかったため、成長軌道に乗ることはできなかった。

考えられる政策を同時に実行することで、中期的には潜在成長経路への回帰が期待できる。金融安定化策、財政政策、金融政策を総動員することで将来に 対する不安も払拭されよう。金融政策の余地はすでに限られているとの声も聞かれるが、マネタリー・ターゲッティングやインフレーション・ターゲッティング に関しても真剣な議論が望まれる。日本経済は、2%程度の潜在成長率を持っていると考えられる。潜在成長率を推計するうえで、通常は信用創造機能の麻痺な ど想定していない。金融機能が正常に機能している前提で潜在成長率が達成されるのである。このまま、資本注入が行われなければ、しばらく貸出の伸びは0% を上回ることはなかろう。そして、金融機能が麻痺した状態では成長率も0%を超えることはない。2%の成長率のギャップは10兆円程度に相当する。マイナ ス成長に伴う損失は非常に大きい。

十分と言えるだけの公的資金導入を行うこと無く、潜在成長経路に到達するためには、どのくらいの時間が必要であろうか。この答えは残念ながら見当た らない。なぜなら、深刻な金融危機に直面しながら、何の対策も打たなかった先進国の例が無いからである。唯一、現在の日本は、バブル崩壊後金融面で有効な 政策を講じてこなかった例である。不良債権問題によって、産業向け貸出の伸びがほぼ0%になってから6~7年経過している。成長率のギャップを考えると、 この間失われたGDPは70兆円とも言えるわけである。今後も問題を放置すれば、潜在成長率への回帰は期待できそうも無い。つまり、無限大の損失を覚悟し なくてはならない。

信用創造のメカニズムが麻痺している以上、現在は、自律的な景気の回復機能が失われている。信用収縮が解消せず、景気回復を図ることができない場 合、年金制度の崩壊なども含めた膨大なコストを将来世代に支払わせることになる。それに比べて、現在の資本注入にかかる数十兆円というコストは一見大きい ように見えるが、実は非常に小さいのである。大規模な資本注入と財政政策のパッケージにより、早急に潜在成長経路への回復を目指すべきである。

GDPと産業向け貸出残高の伸び率