研究者から経営者へ

「日経産業新聞」2001年3月26日掲載

当社は明治創業の老舗印刷会社だ。私は昨年5月、33歳で義父の後を継ぎ社長に就いた。第一生命保険で日本経済研究センター出向時代を含め研究畑を歩んだ。当社に転じたのは1999年4月だ。
転身に当たり畑違いの世界に飛び込むリスクにおびえる一方で、会社経営に魅力を感じた。最後は一見ハイリスクでも自分の手腕で状況を変えられるなら、むしろリスクは小さいと考え、決断した。
入社後1年間は一営業員として駆け回り、次期社長含みとはいえ就任は数年先と考えていた。だが、印刷業界のデジタル化など変化の速さを実感していた義父は「若い世代に譲らねば、他社に先じた事業展開は難しい」と判断した。
就任後、工程管理のデジタル化などとは別に、ホームページの作成やデータベースの運用を手掛けるネット事業部を立ち上げた。まだ小規模だが将来は 「旗艦(フラッグシップ)」事業にしたいと思い、「リトルフラッグ」の愛称をつけている。今後は価格だけではなく、編集の企画力などを含めたソフト面の充 実で顧客にアピールしていく必要がある。そこで他社との差異化を図る戦略だ。
しかし、分からないことも多い。義父など先輩経営者のほか、社外監査役に迎えた東北大の高田敏文教授に指導を仰いでいる。私一人より従業員の知恵を結集した方が良いのも明白だ。みえを張らずに耳を傾けられるのが若い経営者の特典だと思っている。(本社所在地=仙台市)