そこにもある身近なイノベーション

第一生命経済研究所レポート「中小企業アイ」 2007年11月号掲載

ある中小企業が携帯サイトを

前回までの議論で、地方が自立的に発展していくためには、「人」をとどまらせておくことが不可欠であり、地域企業のイノベーションが多様性を生み「人」をとどまらせるのだと述べてきた。しかも、イノベーションという言葉を難しくとらえがちで、日々の工夫や改善の繰り返しがイノベーションに結びつく可能性にも触れてきた。今回は、ある中小企業の取り組みをやや詳しく紹介することで、身近にもイノベーションの種や萌芽があることを感じてほしい。
その企業が取り組んでいるビジネスは、携帯電話会社のための女性専用会員サイトの構築と運営サポート業務である。
携帯電話会社にとって女性ユーザー層は、新機能の使い勝手を試してもらったり、今後の機能開発や新機種のトレンドを見極める上で重要な顧客層である。その重要な顧客層に対して付加的なサービスを提供することで囲い込みを行い、また、彼らの行動特性を分析するための機能をその専用サイトは持っている。
専用サイト内のコンテンツの中は、地域の提携店のお得情報だったり、ちょっとした暇つぶしのためのゲームだったり、お互いにお気に入りの写真を紹介したりという内容である。
これらのコンテンツ制作をその中小企業が行うのであるが、ゲームの製作に専門的なプログラムの知識が必要であることは容易に想像がつくであろうが、それ以上にサイトの裏側でマーケティングのためのデータを整えるためには、データベースの知識と運用のための技術が不可欠である。
さて、これらの業務を行っている企業だが、IT系のベンチャー企業を想像した方が多かったのではなかろうか。
この業務を行っているのは、実は創業100年を迎えようとしている中小印刷会社である。

本業で培ったものを活かせ

なぜ、印刷会社が?と思う方は多いのではなかろうか。しかし、この業務を分解してその業務の本質を考えることでそれほどかけ離れたものでないことに気づく。
この専用サイト構築のために必要な要件は、コンテンツを取材する能力、そして集まったネタを編集する能力、そしてそれらを機能的に見せるデザイン力が必要になってくる。コンテンツの良し悪しを決定づけるのはシステム寄りの発想ではなく、本(モノ)づくりに近い発想である。いうまでもなく、本づくりが得意な印刷会社にとっては、それほど難しいことではない。
もう一点この業務のために必要な要件は、データベースの運用をはじめとするシステム的なノウハウである。なかなか本格的なデータベースを運用するのは難しく、専門的な知識が必要とされる部分である。
しかし、この印刷会社は、データベースの運用ノウハウを持っていた。なぜか。この会社は求人情報誌の制作も行っていた。求人誌の誌面作りはデータベースとの連動が欠かせないのだ。もちろん単純に流用できたわけではないが、結果的に求人誌で培ったデータベースの知識がマーケティングにおけるデータベースの活用に大いに役立ったのだ。
一見、携帯サイトを用いたマーケティングと印刷業とはかけ離れて見えるが、一つ一つの業務を工夫し応用することで、新たなビジネスを見つけることができるのだ。しかも、思いつきで、ある日突然始めたのではなく、本業の中で培った能力を工夫、改善、応用したところがポイントである。