仙台のアイデンティティって

「仙台経済界」2000年5-6月号掲載

 「仙台の商店街(一番町、中央通り等)の問題点はどういうところにあるのか」
 これが編集長から与えられたお題である。東京で経済分析をやっていた立場で自由に書いてほしいというのである。最初に断っておくと、筆者の前職での専門は、日本銀行の金融政策の分析である。流通に定評がある本誌だからこその「商店街」に関するテーマ設定であるが、仙台に戻って1年足らずの筆者にとってはやや厳しいお題である。理解不足の点や誤った認識をしている部分もあるかと思うが、そこはご容赦願いご指導いただきたい。逆に、仙台にどっぷりつかっていない新鮮な目で見て、どういう風に映るか、その部分を期待されてのご指名と勝手に理解している。いずれにしてもこの連載をきっかけに、商店街のあり方についての議論が盛り上がることを期待している。前置きはこのへんにして、早速、商店街の話に入ろう。
 仙台の商店街を8年ぶりに歩いて、おもしろいなと思ったのは、お年寄り、サラリーマンのおじさんから厚底ギャルまで、いろんな年代層、多様なファッションが混在して街を歩いているということだ。前の職場は、都心のオフィス街にあったものだから、渋谷系「ヤマンバ」を間近でみることはあまりなかった。サラリーマンとOLしかいない街だったのだと改めて感じている。考えてみると東京の街は比較的すみ分けができていて、サラリーマンの街、学生の街、お年寄りの街、ヤマンバの街という「顔」を持っている。そのアイデンティティを自覚した上で発展している。ある意味で一点集中型である。
 仙台の街は、そこまでの顔を持ち得ないでいる。人口の集積を考えれば東京ほど多数の「顔を持った街」が存在することが難しいのは自明である。しかし、駅前は、勝負に出たのか、近頃元気な店が多い。東口は東北の秋葉原を彷彿とさせる。一方で、中央通りと一番町は、特に特徴がない気がする。ひととおりはそろっていて及第点、その意味では優等生。でもなんか元気がない。元気があるのは、8年前にはなかった東京資本の会社である。
 老若男女が入り乱れ、多様なファッションが混在していること自体が、強みにも成り得るのではないかと思うのだが。焦点が絞れないままきれいにまとめ過ぎている。どの年齢層にとってもひととおり許容範囲、でも物足りない、そんな印象である。営業時間に関するガイドラインでもあるのか、やはり優等生。7時8時頃になると皆ほぼ一斉にシャッターを閉める。強みにしなければならないのは、多様性なのに、一律に管理された総花的保守的な印象を受けてしまう。
 新しい文化や創造的な何かが醸し出される活気がある環境、時代の流れをうまくつかむキーワードは、「わい雑さ」や「混沌」。元来、まじめな優等生とは対極にあるものかもしれない。おりしも、企業経営の世界でのキーワードは、集中と選択、既存のフレームワークの見直し。その結果が勝ち組と負け組になっていると言っても過言ではない。仙台の街のアイデンティティは何か、もう一度「目指す方向性」をしっかり考えるべきではないかと思う。東北の商都としての自覚、百万都市仙台の中心としての自覚を持って…。
 決して、一地方都市の○○銀座商店街と同じレベルで中央通りや一番町を考えてはいけないと思う。