「景気回復」の読み方

「仙台経済界」2002年7-8月号掲載

 「景気は、底入れから回復に向かっています。」と聞いて読者の方はどのような感想を持たれるだろうか。こんな不況のさなかに何を言っているのかという声が聞こえてきそうだが、政府、日銀、民間のエコノミストの平均的な見方は、今年の1-3月には景気は回復に転じたというものである。実感とは、あわないかもしれないが、各種の経済指標を見ると、確かに数字上は上向いている。経済全体の動きを示すGDP(国内総生産)は、1年ぶりにプラス成長となり、年率換算で5.7%の高成長を記録した。日本の潜在成長率が2%程度であることを考えると、非常に高い成長を示したことがわかる。4月の景気動向指数も4ヶ月連続で景気回復の分岐点とされる50を上回り77.8と高い値を示している。株価にしても2月に日経平均株価は1万円の大台を下回っていたものが、15%以上値上がりしている。
 どうやら、景気が大底を打ったことはほぼ間違いなさそうである。一方で、回復の実感は、ほとんどの人々にとってないはずである。これには、いくつかの理由が考えられる。まず、今回の生産活動の回復は、外需に依存している点である。つまり今回の回復は、個人消費や民間設備投資に代表される国内の需要(=内需)によってもたらされたものでなく、輸出主導でもたらされたものだという点である。雇用環境の改善によって消費が回復したわけでも、金融システムが安定したために設備投資が盛り上がってきたわけでもない。輸出企業以外で、景気回復の恩恵にあずかれたところは今の所、少ないはずである。次に、回復を実感できない理由として、景気後退時における落ち込みの大きさが挙げられる。景気が底を打ったという表現は、景気の方向性を示しているに過ぎず、十分な量の生産量まで回復したということではない。
 このように、今回の景気回復は、大きな落ち込みの中で進行しており、回復のメカニズムも脆弱さを内包する中での回復である。金融システム不安や流通の再編、地価の下落傾向の継続、米経済の失速などリスク要因を挙げればきりがない。感覚的に景気回復を認めることができないとすれば、その感覚の方がむしろ正常だといえる。しかし、経済は、自律回復のメカニズムをもっており、終わりのない景気後退が有り得ないことも、また明らかになった。手放しに喜べない景気回復であったとしても、不況ボケの中で負け犬根性が染み付いてしまうことは、最も危険なことであろう。経済のダイナミズムは、商売をやっているひとりひとりのたゆまぬ努力の中から生まれてくるはずである。回復の芽は、所々に生まれ始めている。これらの芽を見つける嗅覚と、上手に育てる腕が今以上に求められている時も少ないかもしれない。