船と宇宙人

「仙台経済界」2000年9-10月号掲載

 以前仙台に住んでいた8年ほど前に比べて、東京を中心とした他県資本の店が増えている。ドラッグストア、ケータイ屋、100円ショップ、大型電器店等々。まさに黒船来航といった感じである。また、駅前のある一画は、およそおぢさんたちが理解できないファッションに身を包んだ宇宙人達が闊歩している。渋谷系ファッションの焼き直しと言ってしまえばそれまでだが、それなりの活気を感じる一画ではある。今回は、他県資本の進出とそれに伴う中央文化の模倣について考えてみよう。
 東京資本の店が進出する事に関しては賛否両論あろう。一義的には地元資本のパイが減少する事は明らかである。いきおい、よそ者に対する対応は冷たいものになりがちである。どうしても色眼鏡で見てしまうところがあるのではなかろうか。もしも、地元の意向や商慣習を考慮しないやり方があったとすれば、地域の伝統文化を守り、受け継いでいくといった観点からも、非難の対象になりうる。同時に中央文化の単純な模倣に対する反感が芽生える事になる。
 一方で、他県資本の受け入れは、経済活性化のためには必要なものである。広くグローバルな視点から見てみても、アジア諸国の急速な経済発展は、外資の導入と経済開放によってもたらされたことは明らかである。経済効率上は、自由競争に基づく市場への新規参入が、全体の利益をもたらす事に議論の余地はない。効率化により、雇用の拡大と消費者の利便性の向上がもたらされるのである。
 ただし、個別の地元資本は、自分たちの分け前が減ることは明らかなわけなので、新規参入者の受け入れに対しては慎重にならざるを得ない。総論賛成、各論反対の典型的な例かもしれない。
 問題は、全体としての経済効率性の追求か地元資本の保護かといった論点が一つ。さらに、中央文化の模倣か地域のアイデンティティの確立かという論点が加わる事になる。これらの議論に対する回答としては、経済効率性の追求と地域のアイデンティティの確立という選択が大多数の選択であるように思える。しかしこの回答は、非常に実行が難しい、ねじれた選択になっていることを理解しなければならない。
 変化の時代には、異質なものを受け入れ、その街として消化する「街としての度量」が必要になってくる。ただし、注意しなければいけないのは、消化することなく丸飲みしてしまうことである。単なる東京の模倣で終わってしまうことは避けなければならない。