情報化を生かした街づくりとは?

「仙台経済界」2001年1-2月号掲載

 今世紀最後の流行語大賞に「IT革命」と「おっはー」が選ばれた。確かに、右を見ても左を見てもIT、ITの1年だったと言えるかもしれない。筆者も、前回の連載の中で、変化の時代においては、情報武装と自己改革が必要であると述べた。おそらく、時代を語るキーワードとしてITや情報化は、不可欠なものであることは間違いなかろう。
 一方で、年始めのIT関連株の大幅下落も記憶に新しい。このことは何を意味するのか?
 結局、付け焼き刃の情報武装が、いかに無力かが露呈された結果と見ることもできる。本物とそうでないものを見極めないと、大きなけがを負ってしまうということだ。ネットバブルという声もしばらく前からささやかれていたにも関わらず、日本版「根拠無き熱狂」は、とどまるところを知らなかった。一部のうかれた連中と技術革新の波に取り残されまいとする無知が引き起こしたバブルと言えるかもしれない。
 株式相場とは直接関係無いにしても、情報技術のユーザーサイドの意識も重要である。IT化といっても打出の小槌ではない。企画段階から、使う側が深くコミットしなければ、システムは本来の力を発揮しないであろう。また、立派なインフラだけ整えても、使う側の教育が行き届いていなければ意味がない。つまり、魂を入れない仏像を作っても仕方ないということである。「ハート」があってこそ「ハード」が生きるのであり、逆ではない。前述の言葉で言えば、自己改革あってこそ情報武装が生きるということである。
 自己改革というのは、言うほど簡単なことではない。場合によっては、公然と自己批判をやってのけなければならないからである。従来のやり方を単にシステム化しただけでは、本来の情報化の効果は限られてくる。現在の情報技術だからこそできる新しいワーク・フローを確立したときに本来の効果を発揮する。
 連載の始めに、仙台のアイデンティティについて、書かせていただいた。街づくりを考えるにあたっては、仙台らしさについて見つめ直し、自己改革を怠ってはならない。その上で、情報武装という武器を身につければ、21世紀の街づくりは間違いなく成功する。
 「おっはー」と挨拶すれば自己改革できるというほど生易しいものではなかろうが、柔軟な発想に期待したい。