開府400年を機会に

「仙台経済界」2001年3-4月号掲載

 仙台は、開府400年を迎える。このことは、歴史に裏付けられた文化的な蓄積を意味する。つまり、この400年の間に仙台は、政治・経済、文化・学術的に東北の中心であり、世界的にも十分通用する日本有数の都市であり続けたということである。
 ただ残念ながら、開府400年だからといって地元商店街が特別な盛り上がりを見せているようには見えない。たまたま400年目ということ以外には、特に意味がないと言ってしまえばそれまである。しかし、記念すべき日を素直に喜ぶという感覚は大切なものではなかろうか。個人的な感覚で言わせていただくと、たまたま某大河ドラマで伊達政宗公が取り上げられた時の方がよっぽど盛り上がっていたように思える。
 今回は、棚ぼた的に観光に結びつかないということで、積極的な関わりに二の足を踏んでいるとすれば、あまりにも発想が貧弱である。また、なかには、「行政の取り組みが中途半端だからだ」と言う人がいるかもしれない。しかし、おそらくこの考えも間違いであろう。主体的な文化価値の創造をいまの行政に求めるのは、非常に難しい。
 ただ単に、お祭り騒ぎをすればいいと言うものではないが、ある種のイベントが盛り上がることによって、内面的に400年の歴史を見つめ直す機会が増えることは間違いない。仙台の歴史、仙台のDNAを見つめ直すことで、この地に働き、生活することの誇り、楽しみ、あるいは悔しさや怒りをも含めて、再確認することの意義は大きい。先人たちの偉業に比べれば、我々の苦労などちっぽけなものに思えてくるはずである。
 こうした共通の作業を通じて、イベントは、本当の盛り上がりを見せていくのではなかろうか。地元商店街が開府400年に誇りを持てるようになることが、成功の第一歩であり、それがなければ、まさに単なる400年目で終わってしまうだろう。
 どうやって商売に結びつけていけるかは、地元商店街が開府400年に誇りを持つことができた後の問題である。逆に、それができれば、自ずと観光客も集まるし、商売にも結びつくというものではなかろうか。国体等の他の行事とも相乗効果を発揮して、開府400年事業が市民の誇りになることを切に願う。