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Outline_今野印刷について |
| 1912年 | 宮城県黒川郡落合村(現大和町)舞野に生まれる。 |
| 1917年 | 伊具郡丸森町の父の実家へ移る。 |
| 1919年 | 前年父が死去したため、母、弟とともに北海道夕張へ移る。以後、小・中学校を北海道で過ごす。 |
| 1932年 | 絵画勉強のため上京。西欧近代彫刻に接するうちに彫刻家を目ざすようになる。 |
| 1934年 | 東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科に入学。 |
| 1939年 | 卒業と同時に、新制作派協会彫刻部の創立に参加。 |
| 1944年 | 召集され、満洲に配属される。翌年終戦を迎え、3年間シベリアに抑留される。 |
| 1952年 | この年新制作展に出品した「群馬の人」が高い評価を受け、翌年国立近代美術館に収蔵される。 |
| 1974年 | 第15回毎日芸術賞を受賞。芸術選奨文部大臣賞を受賞。 |
| 1981年 | フランス国立ロダン美術館の招請で個展を開催。フランス・アカデミー・デ・ボザールの客員会員に推挙される。 |
| 1984年 | ローマ・アカデミア・ディ・サン=ルカの会員に推挙される。 |
| 1990年 | 宮城県美術館に佐藤忠良記念館が開設。 |
| 2000年 | 宮城県美術館名誉館長に就任。 |
当社は、東北地域の産・学・官が一体となり提唱した「東北インテリジェント・コスモス構想」を中核的・戦略的に推進する第三セクターとして平成元年に設立されました。以来、東北7県に14の研究開発会社の設立と実用化・事業化支援を行い、平成9年度からは地域大学や企業が共同研究体を組み事業化をめざす11プロジェクトの管理法人を務めるなど、産業振興や地域開発に努力を続けています。しかしそれらは、工学や情報通信、生物系など自然科学の先端分野が殆どで、かねて人文・社会科学分野での事業が望まれており、今回の企画はこれに応える初めての試みです。
企画の基本コンセプトとして「東北ゆかりのテーマや人物で、全国や世界に向けた情報発信にふさわしい、或いは地域の多くの人々に知って欲しいなど内容を伴った具体性のあるもの」としました。今回採りあげる佐藤忠良氏は現代日本を代表する世界的な具象彫刻家で、「群馬の人」「帽子・夏」など日本彫刻史にエポックを画す代表作をはじめ、先生の作品は国内外多くの人々に愛されています。
本企画はそうした先生の作品紹介ではなく、心と眼と手で触りつくられる彫刻の本質たる「触覚感」を底流基調に、昨年10月、宮城県大和町の古里へ先生に脚を運びいただくと共に、東京杉並のアトリエで将来のマルチメディア出版にも配慮したロケやインタビューを敢行し、そのなかで長年の創作活動を通してのさまざまな想いをコンパクトにまとめたものです。制作編集に際して、インタビュー時の先生の口調や臨場感に近付けるために口語体とし、写真やデザインなど視覚表現に重点をおいた、見て楽しくわかりやすい写真絵本風に仕上げました。本書が先生と先生の作品のより一層の理解、並びに皆様ご自身にとってもそれぞれお役に立てれば、とても嬉しく存じます。
平成13年8月(株)インテリジェント・コスモス研究機構 企画編集委員会
代表取締役社長 石田名香雄
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